2012年1月17日火曜日

「不死細胞ヒーラ ヘンリエッタ・ラックスの永遠(とわ)なる人生」を読んで

半年くらい前だっただろうか。
出張でノースキャロライナのたぶんシャーロットだったと思うのだが、空港で2時間くらい時間があいてしまったことがあった。
西洋のご飯にすっかり飽き飽きしていたのでお寿司のカウンター(といっても西洋風なんだけど)に座ったところ、隣の席が日本人の男性で、なんとなく会話をする流れになった。
フロリダの大学でガンの研究をしていて、学会の帰りだということであった。
そのときに、「とてもおもしろいですよ」と勧めていただいた本がこれである。



アマゾンですぐ注文して、数ページ読んだまま、どこかに置いてしまい、最近また手にとって読んでみたら、あまりにおもしろいのであっという間に読んでしまった。
1950年代にガンで亡くなった貧しいタバコ農場の女性から、本人の同意なく採取されたがん細胞が“不死化したヒト細胞”として、がんや肺炎といった多くの疾患の研究に使われ、医学の進歩に計り知れない貢献をした。
この「ヒーラ」と呼ばれる細胞の存在を知り、その持ち主の女性ヘンリエッタ・ラックスの人生に興味を持った白人のジャーナリスト女性(著者のレベッカ・スクルートさん)が、彼女についての本を書こうとして、ヘンリエッタ・ラックスの子孫に連絡を取るのだが、今も貧しい暮らしをし、メディアや白人社会に強い不信感を持った家族には拒絶される。
しかし彼女は諦めず何度もトライし、最終的にはラックスさんの娘さんにあたる女性と友情のような関係を育みながら、長期取材する、というストーリーである。
それだけじゃない。これは、アメリカの医学会にいわば「利用」された黒人患者たちの歴史の物語でもあり、医療全体に進歩をもたらした細胞についての物語でもあり、ヘンリエッタ・ラックスさんの家族の物語でもあるという、私の文章ではとても伝えきれないほど壮大な物語だった。
と思ったら、日本語にもなっているではないですか。


これ読んでいた最後のほうは、半日仕事をほっぽり出したし、最後のほうはずっと泣いてた。
なかなかないことである。
私の心に響いた理由のひとつは、作者のレベッカ・スクルートさんが、何度も何度も拒絶されながら熱意でラックス家の心をほぐしていき、でも途中なんどもすったもんだあり、いつしか自分もストーリーの一部になっていく、というポイントだったかなと思う。

余談になるけれど、そういえば、似た気持ちを持った本が前にもあったなと考えて思い出してみた。

イスラエルを訪問中に、父親がテロリストに撃たれるという事件を経て、10年後ジャーナリストとなった娘が、正体を隠して犯人とその家族に接触するというストーリーで、これが出た当時、著者のローラ・ブルメンフェルドさんにインタビューしたのであった。

自分も文章を書くという仕事をしているだけに、ここまでの熱意を持って立ち向かえる題材と出会った二人がとてもうらやましい気持ちになる。
私はこれまでそこまでのネタに出会ったことはないし、これからも出会わないかもしれない。

スクルートさんは、この本の出版とともに、ヘンリエッタ・ラックスの子孫たちを援助するためにヘンリエッタ・ラックス財団を立ち上げた。
ヘンリエッタ・ラックスさんの子供たちは、母親の存在が医学の発達に多大に貢献したにもかかわらず、社会からほとんど何の恩恵も受けなかったから。

文系人間としては、たぶん人に勧められなかったら手にとらなかったかもしれない本だ。
この本を手にとるきっかけとなった出会いに感謝である。